江波文学塾
健康食品、ダイエット等に関する情報が、新聞やテレビでは連日のようにテーマとして取り上げられている。更に、これも健康志向の延長線上にあるのだろうが、高齢者のあり方も問われている。
今から40年前の昭和47年6月10日、第一刷で、有吉佐和子氏の『恍惚の人』が新潮社から出版された。最近は小説の単行本としてみかけなくなったが、函入りである。その函に「純文学書き下ろし特別作品」とある。価格は690円だった。
当時は痴呆という言葉が使われていた時代だが、痴呆、認知症、高齢者介護に視点を当てたベストセラーとなり、「恍惚の人」は流行語にもなった。
それから13年が経過した昭和60年10月3日、松田寛夫氏の『花いちもんめ』が新潮社から出る。これも老人の痴呆を題材にした小説であった。価格は1000円。当時は、少子高齢化社会の問題が取り上げられるようになった時代だ。
主人公鷹野冬吉がアルツハイマー病になり、それが進行するにつれて家族が翻弄されて右往左往するという話である。あまり知る人はいないだろうが、出雲が主たる舞台になった小説だ。
冒頭の2段落目、「診療所は松江市の中心部、内中原町にあって、鷹野冬吉が勤める史料館から歩いて五分の距離にあった。」と書かれている。史料館とは松江城地にある興雲閣である。小説は、「史料館は大正期の古い木造建築である。」(3ページ)とあるから、それと知れる。
平田の猪目洞窟も小説の舞台として登場する。地名は記されてはいないが、その後、映画化された時のロケ地である。63ページからの記述に次のようにある。
「バスは宍道湖の北岸を西行した。……略……荒々しい海に向かって断崖がそそり立ち、巨大な海蝕洞窟が幾つも並んで口をあけて迫っている。
『花いちもんめ』は昭和60年、東映で映画化された。そのポスターや広告に、「おじいちゃんが壊れていく。家族の戦争がはじまる。」という惹句が書かれた。「壊れる」というのは名文句として、その後、モラルの崩壊にも使われ新聞や雑誌などで見かけるようになる。
小説の最後には、次の文章がある。「近ごろの政府やマスコミは、老人問題をもっぱら財政上の問題としてしかとらえないようだ。その結果、痴呆老人を収容する公的な施設はほとんどつくられず、介護は、愛情とかヒューマニズムの美名のもとに、家族の手にひたすら押し付けられる。」(同書 233ページ)と書き、冬吉が入院する病院を「岡山に、まだ三十代半ばの若い医師が私費で開設した痴呆専門病院が見つかった。良心的な経営で、年に数百万円の赤字をだしながらも、頑張っていた。幸運にも、そこにベッドがひとつ空いていて、治雄はやっとの思いで冬吉を入院させることができた。」という結末で小説は終わる。
2平成16年、厚生労働省の用語検討会で、「痴呆」は「認知」という言い換えを求める報告がまとめられ、「痴呆」の語が廃止され「認知症」となった。
介護環境も進んではいると思うのだが、まだ安心老後には、少し遠いような気がする。
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