映画、BOOK、音楽・・・"食"関連のおススメ作品を召し上がれ - エンタメレストラン -
台所から果てしなく広がる想像力と好奇心
読めば思わず旅立ちたくなる食エッセイ集
〈食べることはたのしいけれども、つくるのはたのしくなるための滅私奉公にすぎないと思っていた〉
平松洋子さんの『夜中にジャムを煮る』で、この一文に出くわして驚きました。というのも、平松さんといえば、世界各地に取材し、食文化と暮らしをテーマに執筆するとともに、自宅の台所を基点とした手料理の素晴らしさを伝える名エッセイストですから、てっきり若い頃から「食べること」と「つくること」が「楽しい」によってしっかり結びついている人だと思っていたんです。ところが、その平松さんですら、お子さんが小さい時分は料理が滅私奉公としか思えなかったとは。
〈すこしずつ、ほんのすこしずつ、食べることとつくることが近づいていったのは、それからずいぶん歳月が重なってからだ〉
お母さんが作ってくれた昭和のご馳走と、お母さんにしか出せない味を思い起こすなか、試行錯誤しながら生み出してきた自分の得意メニューと味について語る「こんなものを食べてきた」で滑り出すこのエッセイ集は、だから、名シェフや美食評論家の上から目線の言葉とは無縁。平松さんが自分の台所で発見した作る喜びや、世界各地の名人や名店で知った手業(てわざ)の素晴らしさが、気取りのない易しくて優しい言葉で綴られているんです。
夜中にジャムを煮る幸福感。沖縄のおばあや香港の人気雲呑麺(ワンタンメン)屋の主人、イタリア・トスカーナのおばあちゃんに教わる、出汁の極意。能登での塩田作りの体験から知る、おいしい塩と塩加減のコツ。電子レンジを捨てたのをきっかけにはまっていった、蒸籠で蒸かす野菜のおいしさ。文化鍋から韓国の石鍋、信楽焼の土鍋へと、おいしいごはんの炊き方と道具を追求した10年間。韓国料理で知る、混ぜる味の豊かさ。北京の餃子作りの名人おばさんの熟練の技に接して再確認する、〈手の味〉の意味。ニッポン、インド、タイ、それぞれのおいしさを熱意をこめて語るカレーの話。炭を熾した七輪で知る、火ひとつで変わるものの味。
「やってみよう」と思い立ったが吉日。好奇心と行動力の人は、食べること、つくることの喜びのためならどこにでも足を運び、その道の達人の手仕事に学びます。そんな平松さんのエッセイを読んでいると、お腹の虫が鳴ったり料理をしたくなったりするのはもちろん、旅立ちたくなるんです。見たことのないものが見たい、知らなかったことを知りたいという向上心までそそられる。おいしいものを食べると前向きな気持ちになりますが、このエッセイ集もまたしかり。読むと、食欲だけでなくやる気がわいてくる1冊なのです。
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